スーパーグローバルハイスクール指定校、神戸市立葺合高等学校の取り組みをうかがいました。
スーパーグローバルハイスクール (SGH) とは
高等学校等におけるグローバル・リーダー育成に資する教育を通して、生徒の社会課題に対する関心と深い教養、コミュニケーション能力、問題解決力等の国際的素養を身に付け、将来、国際的に活躍できるグローバル・リーダーの育成を図ることを目的とし、外部有識者によるスーパーグローバルハイスクール企画評価会議が審査し適切と認めた当該学校を、文部科学省がスーパーグローバルハイスクールとして指定しています。
神戸市立葺合高等学校は20年にわたり、世界5カ国7校の姉妹校とのテレビ会議やライティングディベートを通じて、国際問題に関する調査・研究・発表に取り組んできた。
スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール(SELHi)指定をはじめとする各種研究開発指定の成果や実績を礎とし、今後はスーパーグローバルハイスクール(以下、SGH)事業を通じて、「子ども」をキーワードに「世界の共生」のために「人権」「環境」「経済」の3つの視点からグローバルリーダーとしての意識を育んでいく。
MAKSを持った人材育成のために
葺合高校では、国際科の生徒を対象としてSGH事業「神戸から綾なせ世界。共生への扉を開くグローバル・リーダー育成」を展開する。
同校におけるグローバルリーダーとは、ゆるぎない「MAKS(Mind:人間力、Attitude:実践力、Knowledge:知識力、Skill:言語力)」を持った人材である。
それを実現するために、以下に挙げた16の力を身に付けさせることを目的とする。
- 多角的な視点を持つ多面的で広い視野
- 柔軟性に富んだ問題解決能力
- 意見を論理的に主張できる能力
- 主張と協調性のバランスが取れる能力
- 強いリーダーシップ
- 他者の痛みを理解し、サポートできる心
- 未来を見据えた目標設定ができ、かつそれを実現する為のプランニング能力
- 論理的思考力
- デジタルツールを多面的に使いこなす能力
- 経験と知識を高次元で融合させる能力
- フィールドワークを中心とした実践力と経験
- 自国の文化・歴史に関する深い知識と理解
- 他国の文化・歴史に対する理解と広い知識
- 高いコミュニケーション能力
- 高いディベート能力
- 高いプレゼンテーション能力
課題研究においては、「子ども」をキーワードとして「世界の共生」を目指した取り組みとするため、「人権」「環境」「経済」の3つの視点から問題をとらえ、解決策を考察する。その際、国際科の生徒80名を「人権」「環境」「経済」のグループに分け、各グループ内では1チーム5〜6名の4グループを編成して調査・研究にあたる。
グループ内のチーム代表は、フィリピンでのフィールドワークに参加し、NGOセイブ・ザ・チルドレンとNPOソルト・パヤタスを訪問し、交流しながら開発途上国の現状を理解し、さらに国際援助や開発問題について考察する。課題研究には3年間にわたって取り組むが、その際の中心的な科目として、学校設定教科「Global Studies(以下、GS)」を用意した。
GSはA、B、Cの3つの科目があり、次のような目的がある。
GS1A (1年次) およびGS2A (2年次) [必修科目]
地理歴史、公民、英語、国語を中心にさまざまな教科が協力して授業を行う。知識を幅広く学び、論理的に考え表現する力を付ける。
GS1B (1年次) およびGS2B (2年次) 、GS3B (3年次) [必修科目]
企業インターンシップや海外でのフィールドワーク、大学教授やNPOなどによる講演会・セミナーなどにより、世界との距離を縮め、言語力と実践力を養う。
GS2C (2年次) およびGS3C (3年次) [選択科目]
各種コンテストに積極的に参加し、言語力を高め、問題解決に向けた判断力やリーダーシップを発揮して行動を起こす実行力を養う。
この他にも、大学や企業、NPOと連携した学習活動をはじめ、グローバル企業でのインターンシップ、海外の高校生とのディスカッションやテレビ会議を計画している。さらに、3年次には「四大陸高校生サミット」を主催し、姉妹校の生徒たちとのディスカッションを通じて、世界の共生のための持続可能な提言を発信し、その実現のためにNPOを設立し、活動を継続していくことを目標としている。
論理的思考力や課題解決能力を
このたびのSGH事業申請の背景について、西尾勝校長は「世界の諸問題は独立しているのではなく、複雑に絡み合っています。だからこそ、世界の共生を実現するためには、世界中の人々を、心を、力を、重ねるのではなく、織り合わせることにより(綾なせ世界)、さらに大きな力を生み出し、その力が世界の共生を実現可能にする(ひらけ共生)という想いを込めて、このたびのSGH事業に申請しました。SGHへの新たな取り組みは、私たちがこれまで培ってきた実績を踏まえ、さらに発展させる形で進めていきたいと考えています」と説明する。
同校では、これまで実践してきた国際理解教育や国際交流によって、生徒の英語コミュニケーション力は高まっている。だが、生徒への実態調査を行ったところ、「論理的に考え、説明する力」「事実からその背景や原因を探究し、解決策を見つける力」「日本や世界各国の文化・歴史についての知識」「それらの知識を統合して思考し、判断する総合的な思索力」が不足していることが分かった。このような現状を打開し、グローバルリーダーとしての資質を養うためには、各教科の横断型学習によって、多角的な視点から幅広い知識を学び、論理的な思考力をつける必要がある。
また、企業インターンシップや海外フィールドワーク、講演会、ワークショップなどを通じて世界との距離を縮め、言語力や実践力を養うほか、各種コンテストに積極的に参加してさまざまなスキル向上に努め、またリーダーシップを経験して判断力や実行力を養うことも求められる。このような力を高めるために設定されたのが、学校設定教科GSなのである。
歴史を通して世界の事情を理解
取材当日、編集部は1年生の「GS1A-S(現代社会)」の授業が行われている教室を訪ねた。授業が始まると、1年生の学年主任・定時秀和先生(地歴公民科)が黒板の左側にアフリカの地図を書き始めた。生徒たちには、「現代の世界解説 アフリカ」と題したプリントが配られている。
「アフリカの地図を見ると、国境線が直線になっている場所が多いのはなぜか?」と、定時先生が問いかける。そして、20世紀半ばまで、ヨーロッパ諸国の植民地であり、同じ民族ながらも国境線で分断された国々が多い一方で、違う民族同士が1つの国に組み込まれていたことも説明した。
生徒たちは、プリントの空欄に、先生が伝えるキーワードを次々と書き込んでいく。すると、今度は「民族問題」の発生と民族紛争について理解を深めるため、スーダンの紛争、ルワンダの大量虐殺について報じる新聞記事のコピーが配られた。
授業はテンポよく進んでいく。そして、「なぜ内戦が起きるのか」を生徒に考えさせ、天然資源が豊富であるがゆえに、ヨーロッパの人々が植民地支配をして資源を独占してきた歴史、現在ではアフリカの人々が資源を争奪していることなどを説明する。
そうしたアフリカの国々が置かれている現状を理解した上で、アフリカとヨーロッパの関係に話題は移っていく。定時先生は続いて、黒板中央にヨーロッパの地図を描く。今度は「現代の世界解説 ヨーロッパ」と題したプリントを使った学習だ。
まず、20世紀初頭における主要国の海外植民地領有面積の比較図を参照する。
「イギリスは自国の面積は小さいにも関わらず、その100倍以上の植民地を領有していたんです」と定時先生は説明した。そして、ヨーロッパが18世紀後半の産業革命以後から、20世紀半ばの第一次世界大戦まで世界の覇権を握っていたことに触れ、第一次世界大戦時や第二次世界大戦時のヨーロッパ諸国の同盟関係について、ヒトラーやムッソリーニなどの関連人物を描いたイラストを次々と地図に貼り付けて、ストーリー仕立てで説明する。黒板の右端にはアジアの地図も描かれ、日本や中国などの情勢も同時に説明し、世界全体の動向が俯瞰的に見えてくる。生徒たちはそんな説明にぐいぐいと引き込まれ、深々とうなずいていた。
各国が同時期にどんなことをしていたのか、どんな関係を築いていたのか、なぜその事象が起きたのか。そうしたことが、立体的に浮き上がって見えてくる。世界史や国際関係を学ぶ際には、そのような視点を持つことが大切なのだ。
そうして歴史を踏まえた上で、話題は現在のヨーロッパ諸国に移っていった。EU加盟国について地図を見ながら理解すると、今度はEUがなぜできたのか、その背景について、第二世界大戦以後の歴史をひもといていく。
戦後にヨーロッパで経済統合への動きが見られたのは、なぜか。再び、生徒に問いかける定時先生。そして、資源・エネルギーの争奪戦が世界大戦を引き起こした原因であることから、経済統合の必要性が高まり、EUの前身となるEC(ヨーロッパ共同体)が誕生したと紹介した。こうして授業冒頭で学んだアフリカとの関係性をあらためてここで理解するのだ。さらに、ソビエト連邦の消滅やEUの発足、ギリシャの財政危機などにも話題はおよび、地理や歴史、国際関係など多角的な視点で世界を理解する50分間の授業は終わった。
考えさせる授業で学びを深める
GS1Aのテーマは「世界の現状とは」である。GS1A-S(現代社会)を軸として、GS1A-E(総合英語)やGS1A-J(国語総合)を横断的に学ぶ。GS1A-Sでは1学期から2学期にかけて、世界の現状を地域ごとに理解し、歴史的背景に深く関係する諸問題について知る。同時に、GS1A-Eでのトピックス学習、GS1A-Jでの評論などでも国際的諸問題を扱い、英語と日本語を使って多角的に理解しながら、論理的思考力や批判的思考力を養っていく。さらに、GS1Bでも大学やグローバル企業から講師を招くリレー講演によって、世界の現状を知る。
3学期には、春休みのフィリピンでのフィールドワークに向けて、経済・人権・環境のグループに別れて、各教科でフィリピンに関する課題研究に取り組む。3学期の終わりには、グループごとに研究したフィリピンの現状と課題について、発表する場が用意されている。
定時先生はGS1Aの授業を行うにあたり、「なぜ、世界ではそのようなことが起きているのか」を生徒自身に考えさせることを大切にしているという。そして「現代の社会で何が起き、今後どのように動いていくのかを知るためには、過去の歴史に立ち返ることが必要です。私の授業では、現代史に重点を置き、世界情勢を歴史的な観点から見ていきます」と述べる。生徒の多面的な視点を養うために、授業でさまざまな新聞記事を取り扱い、同じことを報じるにも新聞社によって論調が違うことを理解させる。
「生徒は新聞に書いてあることはすべて正しいと鵜呑みにしがちです。しかし、各紙を読み比べることで、何が正しいのかということを意識し、自分の意見を持たせることにつなげていきます。これまで、生徒の知識の深さや広さが足りないと感じていましたが、英語や国語と連携して授業を行い、生徒同士で考え、話し合う活動を取り入れていくことで、学びが深まっていると感じています」と、横断的な学びの効果を喜ぶ。
教員自身も成長し続けなければ
国際科長でSGH担当の茶本卓子先生(英語科)は「日本語で理解した内容に英語でも触れることで理解が深まり、さらに違った見方・考え方もできるようになります。英語でも世界の課題について、調査・研究し、発表する活動を通じて、生徒自身が考える力を付けていきたいと思っています」と話す。
GS1A-E(総合英語)では、国連のミレニアム開発目標の中から「子どもの貧困」に焦点を当てて学ぶほか、ストリートチルドレンや少年兵など「子ども」に関する世界の諸問題について研究する。また、研究内容をポスターセッション形式で発表する場も設ける。生徒が課題研究に取り組むには、英語だけで内容を深化させることは難しい。だからこそ「他教科との連携によって、研究に厚みを付けてほしい」と茶本先生は考える。
授業で使用する教材は、英語科の先生方が自作する。「英語科教員同士のチームワークの良さは、葺合高校の誇り」と茶本先生が言うように、教材や授業の進め方、生徒の情報などはいつでも共有している。教材を作る際には、常勤のALTとも協力し合い、「どのような授業をつくるか」「どんな教材が必要か」「どのように授業を進めるか」「生徒をどう評価するか」といった観点で意見を交えながら形にしていく。毎年度末には、英語科教員だけで泊まりがけのミーティングも行い、1年間の指導の様子、取り組みなどについて話し合う。
「SGH事業を進めていくには、教員研修の重要性を感じています。そのためにも、各自が学んだことを共有し、常に新しいことを取り入れていきたいと思います。英語教育は現在、大きな変革期にあります。教員自身も進化し、成長し続け、変化に対応できるようでなければならないと思います。教員にとっては授業が勝負の場。だからこそ、生徒が気づき学びを深めていく授業をつくっていきたいですね」と茶本先生は語った。
世界の平和に貢献できる人に
SGH事業や葺合高校での学びを通じて育てたい生徒像について尋ねると、茶本先生は「世界の平和のために何かをできる人になってほしい」と答えた。これまでも国際科の生徒は、異文化を受け入れることに積極的であり、国際問題への関心が高く、社会に貢献したいという意識が高かったという。
卒業後の進路を見ても、大学では国際関係や経済、法律、政治学などを専攻する生徒が多い。国際化に重点を置く大学への進学を希望する生徒は7割以上いる。また、卒業生80名のうち3割程度が海外の大学への留学や、国連インターンシップに参加しており、企業やNPOなどで国際的な活動に携わる卒業生も増えてきた。「SGH事業の取り組みを通じて、今後はそうした割合をさらに高めていくことを目標にしていきます」と西尾校長は展望を述べた。